【読書記録】怖いへんないきものの絵
久しぶり(?)の読書記録。
「怖い絵」シリーズで有名な中野京子さんと、「へんないきもの」シリーズの早川いくをさんが対談形式でお題の絵画について語る本です。
14の絵についてそれぞれ語ってゆく感じなので、どこから読んでもOKで、かつ対談形式なのでサラッと読める。息抜きに良い本。
*読み進めていて思いましたが意外と話題が繋がっているので前から読むのが良いかも。
図書館でたまたま見かけて借りてみた類の本なんですが、思いのほか面白かったので「怖い絵」シリーズもこれから読んでいきたいですね。
十代の頃、少しだけですが自分も芸術の道を志して絵を描いたりしていた時期があったので、元々美術品の鑑賞は好きです。
ただその頃は、何か自分の作品に生かさなくてはいけないという気持ちが強くて、また今と比較すると西洋文化に対する教養というか知識もほぼ無かったので、技法や構図についてしか見ていなかった気がします。
一応、授業で西洋・東洋美術史どちらもあったので、~派だとか技法だとか~イズムとかがどう変遷していったか、などの知識はつきました。
ですが、それだけだと有名な絵や像が歴史的にどの位置づけであるかはわかっても、西洋画に多い神話や聖書をモチーフにした絵の意味をそれぞれ理解できるわけではないというか。やっぱり一つ一つ解説が欲しい。
この本はあまり堅苦しくなく、現代にも通じる価値観も含めて絵画を解説してくれるのが良いです。
もちろん絵画部分はカラー印刷。この手の本で絵画の写真が無いとか白黒とかがたまーにありますけど、本ごとぶん投げたくなるのでここはポイント高いですね!
以下よきよきポイント。
- 『ワトソンと鮫』コプリー
- 『魚に説教する聖アントニウス』ベックリン
- 『赤ずきんちゃん』ドレ
- 『ロムルスとレムス』ルーベンス
- 『死の力』ビアード
- 『ペルセウスとアンドロメダ』メングス
- 『ヘラクレスとルレネーのヒドラと蟹』ペルッツィ
- 『カニに指を挟まれる少年』パオリーニ
- 『ヴィーナスとクピド』クラナッハ
- 『聖母子』クリヴェッリ
- 『コショウソウとピパ』メーリアン
- 『水』アルチンボルド
- 『美術鑑定家としての猿たち』マックス
『ワトソンと鮫』コプリー
p.13あたりのやりとり
早川さん(以下敬称略)「なんで裸なんですかね?」
中野さん(以下敬称略)「西洋人は裸への執着心がすごいから。」
笑いがこぼれちゃう
西洋絵画って人体を美しく描く、ことに根源的な目的がある!おーなるほど!
そんなものだと思ってたけど、みんな裸ってそういうことなのね
(中野)日本人には想像を絶する、ヌードへの執着です
だそうです。確かにわからない…。
(中野)飢えているはずなのに、みんな(中略)筋骨隆々とした肉体です。でも芸術というのは、そうでなくてはいけないことがあるんですね。
(早川)芸術においても、脚色や演出というものは必要(中略)
「お約束」の例は現代にもいくらでもありそうだ。
お約束、デフォルメ、リアリティは横に置いといて、描きたいものを描く、創作はずっとそうなんですねぇ。
この絵を依頼したワトソン市長の紋章がめちゃめちゃぶさ可愛い。
人相の悪いオバQ…。
ワトソン市長が自分で描いた疑惑があるの、シュールでいいですね。
『魚に説教する聖アントニウス』ベックリン
裾絵と一緒に見ないとわからない絵てのがあるんですね。2枚セット的な。
確かに上で説教を聞いてる魚と下で生存競争を繰り広げる魚のギャップはすごい。
実際、このエピソードをモチーフにした歌でも、説教を聞いて感動したけど何にも変わらないっていうオチつきだったりするんですよねぇ。
これは魚など人間以外の生き物が揶揄されているけど、実際はこれ、人間のことを表現しているのでは…。
(と思ったら歌を紹介しているHPの下でそう解説してありました。そうだよねー!そう解釈するのが自然だよねー!)
お説教聞いたくらいで神の愛に目覚めたりなんかそうそうしないよね。ふふふ。よくわかっていらっしゃる。
『赤ずきんちゃん』ドレ
中野「赤ずきんの本質はエロティシズム。」
つまりは貞操の危機だったんだよ!!
赤ずきんは色んなバージョンがあるけど、ものによってはオオカミが赤ずきんをベッドに誘うあからさまなシーンがあるとか…えっちだ…。
なんでオオカミってこんな悪い存在みたいに扱われてるの?って素朴な疑問に答えてくれてるのも興味深いです。
どうも家畜を襲う盗人というイメージから残虐・邪悪・卑劣といったイメージがついていったみたいですね。
『ロムルスとレムス』ルーベンス
ルーベンスのような当時から有名な画家は経営も上手かった、てのは面白いですね。
どうも芸術家というと偏屈でヒッキーなイメージですが、工房で共同作業しないと絵の量産なんて無理だよ!って言われるとそれもそうかと納得できる。
構図は自分で決めて顔も書くけど、あとは弟子にまかせる、とか、動物や植物はそれぞれ得意な人に頼むとか。漫画家もそういう人結構いるよね。こち亀の秋元さんとか。
ここら辺も現代に通じるシステムを感じるであります。
モチーフとなっているのはローマの建国神話だそうで。
ロムルス知ってるー!FGOに出てるから!(現代オタク並の感想)
基本Wikipediaの通りのことしか本には書いていないのですが、興味のきっかけとしては私的には充分!
軍神マルスの子てことはロムルスって高レベルの神性持ち?と思いきやFGOで神性スキルが無いのは自分から封印してるんですね。(型月wikiより)
というかマルスも懐かしいですね。高校の時石膏像でデッサン描かされた。
これまでの人生で断片的に見聞したものがつながる瞬間。楽しいです。
あと面白かったは、西洋人は実は擬人化大好きということ!といっても我々日本人の擬人化とは少し違うようですが。
この絵でも左にいる老人と女性は川の擬人化と川の精霊だそうで。国、自然、抽象概念なんでも擬人化するらしい。
自由の女神像も、自由の女神、が居るんじゃなくて、自由という概念を女性の姿で擬人化したもの、らしい。
日本人の擬人化はこう、現物(今なら戦艦とか刀とかでしょうか)に人格を持たせるような擬人化なので、ちょっと違う気がしますね。どこかkawaiiところをモノにも持たせるというか。西洋的擬人化には人格とかあまりなさそう。
『赤ずきんちゃん』の所であった、なんでオオカミは悪いイメージなの?ってのにもう一つのアンサーが書かれているのも興味深い。
ロムルスとレムスを育てたのはオオカミらしく。えっオオカミって昔は良いイメージだったの?っていう疑問から始まります。
軍神マルスに仕える聖獣がオオカミだったので、最初は聖なるイメージだったんだね。
→元々いたギリシャやローマの神は駆逐or格下げ
→マルスの聖獣オオカミも次第に貶められる
といった流れのようで。
征服されちゃうと文化も蹂躙されちゃうものだなぁ。悲しい。
オオカミの悪いイメージって日本人にはそれほど無い気もするので、全般的にふーんそうなんだーくらいの気持ちです。
『死の力』ビアード
見た目で印象派、とかいう早川さんが印象だけで絵を語る(中野先生の答えあわせはなんと無し)というだけのコラム。これはこれで面白いかも。
一言で言うとゴリラ死神。つよい。
『ペルセウスとアンドロメダ』メングス
というかペルセウスもprototypeに出てたんかい。知らんかった。fateワールド広い。
ペルセウスは、ギリシャの都市アルゴスの王女ダナエとギリシャの主神ゼウスの子供。
クリムトの絵のダナエってこれか!また断片知識が繋がってきたー!
ゼウスは幽閉されたダナエの所に行くとき、黄金の雨に姿を変えて隙間から忍び込んだらしい。すごい執着だ…。絶対ヤるという意思を感じる。
あと構図がちょっとせまっ苦しいのは(物理的に)切られてしまったからだということ!びっくり。
当時絵画は室内装飾の一要素でしかないので、転売されたりすると室内の寸法に合わないとかでさっくりカットされちゃうことも普通だったんだとか。
現代人は絵画が公のものだと思ってるので切るとか考えられないけど、当時はそんな程度だったんですねー。現代の価値観でははかれないことがいっぱいだね、歴史はね。
『ヘラクレスとルレネーのヒドラと蟹』ペルッツィ
ヘラクレスもゼウスの息子なんですねー。アレっ?ペルセウスの子孫(曾孫?)がヘラクレスだったとか書いてあったような…?と思って読んでいたらやっぱりそうでした。
歳の離れた兄弟だな…。それにしてもゼウス絶倫すぎでは??
これとかライトに読めて面白いゼウスの解説でした。
ヘラクレスさんは結構人生大変で、
夫の不倫に怒った女神ヘラ(ゼウスの正妻)に呪われて気が狂ったせいでわが子を殺してしまう
→罪を償うために12の試練に挑む! みたいな
このヘラクレスが受けた12の試練の中にアマゾンの女王と一騎打ちてのがあって、このアマゾンの女王がヒッポリュテ(ペンテシレイアの姉)ってことなのね。なるほど。
FGOペンテシレイアのギリシャ神話系男性特攻ってこういう姉の恨みも入ってるわけね。なるほど。
Fateが無かったら登場人物覚えられなかったと思うので、私の中ではfateさまさまです。ありがとうFate…
Fateで喋るヘラクレスが出ると面白いのに。待ってるよきのこ。
*strange fakeに出てました。知らんかった…。Fateの展開広すぎてついていけないよ!
ゼウスが人妻アルクメネと想いを遂げる(隠語)(んでヘラクレスが産まれる)経緯がヤバイ。マジでエロオヤジが超能力持ったみたいなとこある…。
口説いてもなびかないから夫に化けるとか中々にサイコですね。
他にも何かと化けて女性に迫るの面白すぎる。
絵に話を戻しますと、この絵は12の試練の一つ、ヒドラとの闘いを描いたもの。ヒドラは頭が9つあるヘビの怪獣で、口からは猛毒を吐き、強力な再生能力を持つという。
これに対しヘラクレスは首を切ったあと切り口を焼くという手法で切り抜けるのであった。まる。
ヒドラの元ネタを挙げていくところで、再生能力の高い生き物の例としてプラナリアを出すのはポイント高いです!100点!
*プラナリアが10代の時からめちゃくちゃ好き
蟹さんが怪獣ヒドラのご近所さんでお友達ってのもなんかかわいくていいね、ほっこりするね。
所詮蟹だからヒドラの助けにはならなかったけど。あっさりヘラクレスにふみつぶされる。
最終的にはヘラの哀れみでかに座になれたし良かったの…か…?
このあたり神話的価値観だと人生(蟹生?)トントンなんだろうか?個人的には割に合わないです(笑)
『カニに指を挟まれる少年』パオリーニ
蟹繋がりの話で一枚。
この絵がメインと見せかけて実は『トカゲに噛まれた少年』(カラヴァッジョ作)がメインの話になってます。
パオリーニはカラヴァッジョのフォロワー的な人で(カラヴァッジョに心酔して足跡を追うような仕事をしていた一群の画家の弟子)まぁありがちなんですが、元祖ほどの実力も無く…といった(微妙に冴えない)ポジションの人みたいです。
これ、カラヴァッジョが無名時代にPR用として描いたもの、ってのが面白い。
田舎からローマに出てきて、なんとか認められたい一心で描いたものなので、自分の技巧をアピールするガラスの映り込みなどが認められる。このびっくりした表情(一瞬の動きや表情を捉える)も自分の技量アピールともいえるな。写真とかまだないですもんね。
あとカラヴァッジョがゲイというのもなかなか、面白い情報。
やっぱり作品には性癖が出る!と言わんばかり。カラヴァッジョの描いた女性はあまりエロスが感じられないのに、この絵含め少年にはやたらエロスを感じるそうで…。やっぱりホモじゃないか!
ゲイ・アイコンもふんだんに仕込まれているそうで。ひょえー。
ブラックチェリーはアナル童貞の隠語、バラをいじる=男漁り、バラいじりしていたら噛まれた=浮気の罰、中指は性的な意味があるので中指を噛まれている=…、カナヘビ=ハードな行為など
現代の人間の想像なのでゲイ・アイコンの意味は違うのかもしれませんが、これだけ少年をエロく描いておいてモチーフには無頓着ってこともないでしょう。きっと当時の同好の方は意味がわかったんじゃないかな?
『ヴィーナスとクピド』クラナッハ
羽の生えた子供はみんな天使かと思ったら違うらしい。
ギリシャ・ローマ神話ではヴィーナスの息子がクピド(キューピッド)、キリスト教では天使(エンジェル)ってことね。
絵のモチーフは神話だけど、実際の目的は女性のヌードという俗物感が人間って感じで大変良き。
単なる女性の裸は憚られるから、美しい女神ヴィーナスの裸体って建前にして書斎とかに飾ったそうです。うーんこの。
ヴィーナスが身に着けているネックレスと帽子も神話ベースでなく、当時流行していたのを着せただけという。素直でよろしい。
あと体型も上半身は貧乳幼女系、下半身は尻ふとももががっちりした成人女性風という、中々性癖が歪んでて現代に通じるものがありますねぇ。萌え絵に近い。
『聖母子』クリヴェッリ
頭の円盤のようなもの(私はお盆に見えた)は光輪だったり、時代ごとに色々と表現があるものですね。
現代の漫画絵や萌え絵も時代が変われば意味不明な奇形として扱われてしまうのかも。
妙なハエの意味も面白い。画家の画力誇示だったり、不浄なものをあえて置くことで魔除けにしたり。
悪魔のトップクラス階級ベルゼブブも蠅の王だし、意外と蠅の悪魔階級は高い。
*サタンの次に偉いらしい
あと聖母マリアに受胎告知をした大天使ガブリエルは意外と偉くないそう。下の中くらいだそうで。どこでも現場職って地位が低いのね…世知辛い…。
天界や悪魔界も階級社会ってのがまた、人間の想像の産物でしかないという気持ちにもなりますね。
『コショウソウとピパ』メーリアン
で、でたーーー!!ピパピパだー!!!集合体恐怖症の人の検索してはいけないワード!!!
この絵を描いたメーリアンさん、実は現代の女性研究者の走りともいえる存在だったそう。
昆虫が研究する価値もないと思われていた時代に興味を持って昆虫の生態を観察し尽くし、女は家庭に入り妻としてあるべしという時代に51歳で南米まで渡り、科学的知的好奇心を持つ者が異端者として火あぶりになった時代に科学者として観察した結果を積み上げて実証していくという自然科学の基礎にのっとって研究した人。
いやー凄い。
17世紀にここまでやる女性とか、さぞかし異端視されたんじゃないでしょうか…。
多分かなり変わりものだったんでしょうね。こんなこと良くも悪くもふつうの人には無理です。
当時はガチで人権のなかった奴隷に対しても、文明人たるもの奴隷にも優しくすべしと考え、現地語を覚え、奴隷の待遇改善等を訴えた人物らしい。うーん一人時代進みすぎです。すごい。
この話だけだと、ただの写実、観察した絵と思われそうですがそうでもなくて、割と大きさの比率はいい加減なんですって。
見てほしいものを一番見やすいように大きさを変えたり、時間軸が違う変態の過程を一枚の絵に描いたり。だからこそ芸術と両立できている、らしい。
『水』アルチンボルド
水生生物が集まって肖像画になったやつ。またえらいもんを紹介するなぁ
こんなんでも(?)神聖ローマ帝国の皇帝たちに仕えた宮廷画家だそうで。
この人が皇帝ルドルフ二世に仕えたときの肖像画も野菜と花の肖像画だし。なんともシュールな…。
もちろんこんな絵を描かせたルドルフ二世は変わり者で、政治的にとりたてたところはなく、珍しいものの蒐集にご熱心だったんだとか。
当時はそのような珍品収集室を「クンストカンマー(驚異の部屋)」と呼んでおり、大航海時代の王侯貴族がこぞって作りたがったんだって。
「驚異」というと国立民族学博物館の「驚異と怪異」特別展を思い出すなぁ
このページでも紹介されているけど、やっぱり大航海時代は珍品収集が流行ってたんだねー。
カネと地位にモノをいわせて思う存分蒐集するって、すごく楽しそう。
あと、時代的に図鑑も資料写真もない状態で、スケッチ等を頼りに水生生物を描いたせいか、現実に居ない「アルチンボルド生物」みたいなクリーチャーができてしまってるのも面白くて良い!
『美術鑑定家としての猿たち』マックス
絵の作者が出品を予定していた展覧会の作品審査の内容に不満を持ち、その風刺として描いたとされる絵。つまり審査員はサル・レベルってこと、って言いたいらしい。
この作者マックスがまた属性盛りすぎな人で、一九世紀のドイツ人画家だけど貴族で先史時代の民族研究家で(人類学のコレクションも7万点ほどあったらしい)自宅でサルを飼っていて神智学協会(今のオカルト思想のはしり。スピリチュアルとかオーラとか)の会員という。
というか西洋でのサルの扱い悪すぎて草。
罪、悪徳の象徴らしい。かわいそう。
スーラの『グランド・ジャット島の日曜日の午後』でも、右手前のご婦人が連れているペットがサル=不倫 ってことらしい。
えっこの絵好きだったからちょっとショック…
西洋画に興味なくても結構楽しめるんじゃないかな、この本。
文化系に一切興味がないとかだと厳しいけど